トロは兵庫県

西宮市苦楽園にある
イタリア料理店です

仲間と美味しい料理を囲みながらおしゃべりを楽しんだり、仕事の帰りにひとりでワインだけ飲みに立ち寄ったり。 イタリアの街角ではそんな光景をよく目にします。イタリアの人々にとってレストランが生活の一部であるように、トロもこの地で、普段気軽な気持ちで来ていただけるような、愛される店でありたいと思っています。 厳選素材を使った料理達とおすすめのワインをご用意して皆様のお越しをお待ちしています。

 
 

場所とか

〒662-0024
兵庫県西宮市名次町11-15 

Tel. 0798-70-8848

Lunch 11:30-15:00
(L.O.14:30)
Dinner 17:30-22:00
(L.O.21:30)
月曜定休
(祝日の場合翌日休み)

専用駐車場2台アリ
>Map

その他

カウンター7、テーブル14席
クレジットカード使用不可

 

2010.05.25(火曜日)

クチーナロマーナ(ローマ料理)


ローマ近郊の白ワインの町フラスカーティ―名物
ポルケッタ(仔豚の骨外して香草入れて表面の皮ジワジワ焼いたもの)

 
ポルケッタ専門のパニーノ屋さん
ドライトマトとポルケッタの相性がとってもよろしくてよ。


前記のロゼッタというお店には毎日ローマの近くの漁港から新鮮な魚が大量に

運ばれてきた。そして到着するとすぐにみんなで下処理してすぐにその日のうちに

お客さんの口に運ばれていた。魚の種類は豊富で日本にはいないような魚もあった。

スカンピ(手長エビ)は新鮮そのもので生きたまま運ばれてきてた。ホールにディスプレイ

されると手長エビくんたちは必死に逃げだすが、お客さんによってプチっと踏まれてた。

カワイソー。



ペルー人のジョバンニ君。

南米系の人たちはイタリアに出稼ぎに来てる。

自国より給料がいいらしい。もしくは一家でイタリアに移住してた南米系の人もいた。

ジョバンニは誰よりも早く魚をさばきます。

自分より重たいマグロもちっちゃい包丁でグイグイさばきます。

大トロの部位は脂っぽくてイタリア人には人気がありません。

時々大トロばっかし余るので捨てようとするので「捨てるならくれ!!」

とお願いすると「持ってけ!!」みたいな感じでおすそわけ。

家に帰ってイタリア米で硬めに米を炊き、砂糖とワインビネガーで作った

”酢飯”もどきを作って、大トロ丼よく食べました。醤油は貴重です。

ワサビもアジアンスーパーで買えます。高いです。こんなに大トロ食べたん人生で

ローマにいてた時だけです。いやー幸せやねえ。

後日持って帰って寿司にして食べてたことがマッシモ(オーナー)にばれて、

怒られるかと思いきや、カジュアルな感じの同系列店でメニューにしよう!!となり

なぜかイタリアで酢飯炊きまくってた時期もあったような。

その店にはいろんな人種が働いていた。アジア人は僕だけで、

ソマリアやユーゴスラビア、アルバニアの内戦から逃げてきた人やインド人やアラブ人

いろんな人がいた。みんな安っすい給料で働いていた。

当時、ヨーロッパはすしブーム(ヘルシーだから)でローマにもこぞって

寿司屋出店してました。中華料理屋で韓国人がすし握ってる状態でした。

そこで店で働いている異人さんたちに飯の作り方と酢飯の作り方を教えてあげました。

日本から箱すしの木型を送ってもらってみんなにあげました。

これでちょっとは給料良くなるでしょう と思って。

数年後ローマに帰った時、かれらはまだその店で寿司作ってました。

あの木型を使っていろんな寿司作ってました。

ラップ使ってゴマ敷いて裏巻きにしてカリフォルニアロールも

作っているではありませんか。

給料もほんの少し良くなったそうでよかったよかった。よかったねー。

でも生のサーモンの押し寿司はちょっと違うような気がしますよ・・・・
 

2010.05.18(火曜日)

モンタルチーノからローマへ


コロッセオ

モンタルチーノの楽しい生活。(10年前の話です)

しかし冬になるとモンタルチーノはめちゃめちゃ寒く、マイナス8度になったり毎日

雪が降って、街にも観光客の姿がなくなり、閑散としていました。

当然レストランもヒマで、出来立てのレストランかい!!ユーぐらい掃除に

明け暮れる日も少なくはなかった。

モンタルチーノで2回目の冬が来た時、ロベルト親方に

冬だけどこか勉強させに行かしてくださいと申し出ると彼は快諾し、

もともと親方がレストランをもっていたローマに知り合いがいるから紹介しましょう。と

そこで紹介していただいたのが、パンテオンの目の前にある超高級レストラン

「ラ・ロゼッタ」というレストランでした。

次の親方はマッシモ リッチョリ という名の大男だった。

着くやいなや厨房に入らされ、「ドン!!」とスズキ(魚)のでっかいのまな板に投げてきて、

「さばけ」と。ウロコとって、三枚におろし、「でけた」というとそのまま

コックコートに着替えて「今日からよろしく。日本人トオルだ」と

みんなに紹介された。

あれ入社試験?

そこはローマでも有名な魚料理専門のリストランテでイタリアの大統領や、

有名人などがこぞってやってきた。

そのレストランも毎日忙しく、朝から晩まで働いた。

終わったら夜中2時3時は当たり前。

モンタルチーノと違う点はローマは眠らない街。

終わった時間でもピッツエリア(ピザ屋)やバールは開いていた。

みんないつ寝てんノン?

終わると毎日のようにピッツエリアに行き、スップリ(ライスコロッケ)と

バッカラフリット(干したタラのフライ)一つづつとピッツア1枚ビールグビグビ。

見事に人生最大級の重量になってきた。もう少しで100kg!!  

0.1トンになるところまでいきました。

ローマはパニーノやピザ、サンドイッチが半端なくうまい!!  ハンパネェ〜。

電話番号も最初は06やし粉モンうまいところが大阪そっくり。

人もなんかやることなすことめちゃくちゃでいい感じ。

とりあえず面白い人がいっぱいいてた街という印象がかなり強いです。




師匠 マッシモ リッチョリ氏と若かりし頃の僕ちゃん

笑うとかわいいが、怒るとスタッフ全員が震えあがるほど怖〜いお方


ライトアップされたパンテオン神殿

毎日休憩時間はパンテオン付近でグダグダやってた。

夏は(結局夏もいた)この大理石の柱が冷たくって抱きつくと

気持ちいいのなんのって。

床も大理石なので柱にもたれながらぐっすり寝てた。

そしたら警官が寄ってきて、「ここで寝るんじゃない!!」と怒られるか、

スリにあいますよと警告された。労働許可のない僕にとって

職質はビクビクもんでした。

そんな時は日本から来た観光客を装い、難を逃れる。

何してんだか 僕 。とよく思いにふけっていたもんです。

ローマ続きます・・・・・長いで〜
 

2010.04.21(水曜日)

パルミジャーノ レッジアーノ



レッッジョエミリアで一週間働いていた時、バルサミコ工場の後に

パルメザンチーズ工場に連れってってもらいました。

そこは明るくそして徹底的に衛生管理がなされている工場でした。

この銅の釜いっぱいに牛乳が入ってたのにそこからできるチーズは

30kgクラスのチーズが1個しかできません。

ゆっくりかき混ぜながら分離してくるチーズの素になるかたまりを丁寧に

布で絞りながら棒に吊るします。

その出来立ての塊はさぞおいしかろうと「つまませて」とお願いすると

快諾。 食べたら味のない硬めのガムのようでした。やめとけばよかったヨ。

型に入れて、塩水に漬けこみそれをこのゴッついイケアにありそうなな棚

に乗せて2年から3年熟成させます。



絞ってます。


型に入れてます。 まじめな感じです。



塩水に漬けこんでます。



どんだけ〜


 

「俺を撮れ!!」と言われた。 ポーズがいい!!

前回のようにさすがにこれ1個お土産としてはくれませんでした。

もらっても困るような気がします・・・・・
 

2010.04.15(木曜日)

イタリアの食材


レッジョエミリアという町名産のバルサミコ酢20年ものとかもあるらしい

レッジョエミリアという町に仕事しに行った時のこと。

マックスマーラという婦人服屋さんの裏にあるテラスの広いレストランで

ほんの少しだけ働かせてもらった。8年前の話です。

そこの料理長は食材にかなりのこだわりで、

いろんな食材屋や食品加工工場に連れってってくれた。

その一つがこのバルサミコの蔵だ。

このたるに何年も寝かして出荷を待っているバルサミコ達。

はちみつでも入っているのかと思うほどトローっと、アマーイバルサミコ。

ジェラートにかけてもおいしいそうです。

20年ものならちっちゃい小瓶(小瓶はちっちゃいものだ)にはいっててなんと3万円!!

その価値はありそうだ。 帰りにその瓶2本お土産にくれました。

8年たった今でも大切に保存しています。 だから28年ものなのかなあ?

いや樽熟20年だからいつまでも20年ものなのか・・・・・

「中国4000年の歴史」が30年前からも変わらず「4000年」と同じなのと

一緒かも。


熟成したチーズを売る屋台


南イタリアからの食材行商


いろんな種類のハムやソーセージやサラミ


レストランの玄関口にディスプレイしてる新鮮な魚  イタリア人こんなん好き

 
トリッパ(牛の臓物 ハチノス)専門店 その名も”トリッペリア”
 

2010.04.14(水曜日)

思い出のターラント


南イタリア旅行の続きでかかとのプーリアから

イタリアの土踏まずの位置にあるターラントという町に一泊しました。

何にもないから行かないほうがいいとイタリア人の友人に教えられましたが、

なんとなく行ってみました。

電車から降りて街までバスで10分ほどでチェントロ(中心街)につきました。

確かに何にもない街でした。

レストランに入ってランチをすることに。

新鮮な魚介料理を楽しみに来ましたが、明らかにコープに売ってそうな

冷凍の魚介類たちでした。  残念

ブラブラ街を歩いていると露店があって果物や魚が売ってました。

なかなか品ぞろえも鮮度もいいのになぜあのレストランはあんな食材だったのだろう?

ホテル(というかアパートみたいなぼろい宿場でも安かった!!)の

おばちゃんにあのレストランに入った話をすると地元でもまずくて

有名なレストランだったらしい・・・・はよゆーてんか

その夜のご飯はプーリア地方の郷土料理を食べさせてくれることで有名な

トラットリアをおばちゃんに紹介されて予約してさっそくGO!!


イタリアの果物や野菜は色がきれいだ  そして味が濃くてうまい



魚屋のおにーちゃんたち 真ん中の人のTシャツの漢字横向いてた・・・・・



海に面した旧市街地


夜飯のそのトラットリアはおばーちゃんとおばちゃんと2人でやってて

8人も座ればいっぱいな感じのちっちゃいトラットリアで、なかなかいい感じ!!

お任せスタイルで¥3000。

僕の体つきカラめっちゃ食べると思ったらしく明らかに他の人々の倍入ってるやん!!

前菜の時点で腹いっぱいになったけど

おいしくて珍しい(本で見て食べたいな〜と思ってた料理が次々と出てきた)料理

なので全部食べた。

南の料理らしい料理  オイル、くたくたに煮込んだ野菜、トマトでサッと

煮込んだようなセコンド。

体に染み込むわい!!

炭酸で割った赤ワインとそれらの料理の相性がかなり良かった。

暑い日にはシュワシュワ系に限ります。

ごちそー様でございました。

帰り道がわからないぐらいに酔っ払って

(酔っ払ってなくても当人はかなりの方向音痴)、近所のおっちゃんに

車で送ってもらいました。ええ人たちやなア〜

この街 気にいったで。


アメリカ海軍基地もある街ターラント

気にいっちゃったのでそのままもう一泊することに。

旧市街地を探索する。

もうすでにさびれまくってほぼ廃墟みたいな感じの街並みでした。

塩害なのか何なのか街のあちこちがボロボロにさびてて寂しー感じ。

真夏で暑かったけど海の近くで気持ちいい!!!

イヤーほんとにいい街でした。

旅立つのがかなり寂しかったです。

また来ようと思いました。

あのランチ食べたレストラン以外のところへ
 

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